空(くう)

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話がだいぶ脱線しかけてますが…

失敗のダメージを少なくする哲学的な考え方。

 

色んな本やデータを参照しながら、ホントだよって説明したいところですが

スピードを重視して書きます。

突っ込みどころがたくさんあると思います。

なんとなーく伝われば…

 

まず、私、この世の物質、肉体がモノとしてこの世に存在するとは信じていません。

おぉーいきなりヤバそうなこと言い始めたぞ!と思われるでしょうが、まあまあ聞いて下さい。

魂とかスピリチュアルな話ではないんです。

 

物質でも肉体でも時間でもなんでもいいんですが、

肉体の場合、大きなものから小さく分解していくと、体を構成するのは組織ですよね。

骨とか筋肉とか。

 

その組織は細胞の集まりで、細胞はアミノ酸で出来ていて、アミノ酸は分子、分子は原子、原子は原子核と電子で出来ていて、原子核は陽子と中性子、さらに…

どんどん小さくはなるけどゼロにはならない。

ゼロになると存在しないことになりますよね。

 

いくら小さく、小さくなってもこれが最後の最後の物質だってならないと思います。

だって最後の最後の物質もそれを構成するものがないと物質になれないでしょ。

ゼロに向かいつつある物質を材料に成り立っている存在。

 

すごく不思議じゃないですか?

永遠にゼロにならない。

どうやって存在を証明するんだ?

 

でも、普段これと似たような存在をよく目にしているんですよね。

それは、データとかインターネットの中のバーチャルな世界。

 

モノ自体は存在しないけど、あたかも存在しているような感覚。

このブログの文字だって目に見えてるけど、存在している訳じゃない。

脳が存在するって認識してるだけですよね。

 

ということは、この世界はデータの世界だと考えてもいいんじゃないか。

そう思い始めてから、私はそうとしか考えられないんですよね。

色んなことが辻褄が合うぞ!と。

 

口の中にある唾液は汚いと思わないけど、

外に吐いた瞬間に汚く感じますよね。

自己と他者を区別する機能が脳にあるから、こういう判断をするらしいです。

ここの機能が壊れた患者さんは、自分とそれ以外を区別できなくて全て溶けて一緒になった景色を見ているそうです。

 

口の中の唾液も外のものも一緒。

洋服と体も溶けて一緒。世の中の形が判別できなくてあるのは、自分の思考と意識だけみたいです。

 

ちょっと話が気持ち悪くなっちゃいましたが、

脳がモノがある!自分とは別モノと認識しているだけで、

モノが存在するわけじゃない。

全部一緒のドロドロのデータの海に浸かってるだけかもしれません。

 

あなたも私も同じ。

ケータイも体も一緒。ちょっと怖いですね。

 

この世は無で、形あるように見えて本当はない。東洋哲学だと空の思想に近いのかな…

データの世界の主人公だと思うと、

世の中の見方が変わるんですよね。

 

ゲームの主人公になった気分です。

人生というゲームをプレイしている感覚。

体を使って死ぬまで遊ぶゲーム。

 

遊び方は自由だし、なにかをやってはいけないという制限もないです。

 

ただ私は死ぬまみんなで楽しくプレイしたいので、バーニングマンになりたいと思いました。

(ここでバーニングマンだすのダサいなぁ…笑)